昨年、平田市の漁港を舞台に撮影が行われた映画「白い船」は、島根県内外で様々な反響を呼んだ。
 錦織良成監督をはじめ、役者陣、撮影隊、制作スタッフ、そして地元の人々。映画の完成までには多くの人々が関わり、一人ひとりの想いと夢がモザイクのように美しい模様を描きながら、感動的な作品を創り上げたともいえよう。
 この映画の制作を通じて、新しい人生を歩み出した人もいた。小野亮・彩夫妻。二人はこの映画をきっかけに結婚。現在は錦織監督の故郷でもあり撮影場所ともなった、平田市で暮らしている。
 亮さんは、映画「白い船」の制作スタッフだった。主に撮影に適した場所を探したり、地元での交渉を行うロケハンを担当した。まずは地元の人たちと仲良くなる、それが亮さんのやり方。撮影開始3カ月前から現地入りし、地元の漁師さんと飲めない酒も飲んだ。
 「酔っぱらって、道で大の字になって寝てたこともありました。赤いTシャツを着ていたので、新聞配達の人が血まみれと勘違いして大騒ぎになっちゃって」
 一番困ったのは漁師言葉、まったく聞き取れない。しかし、外国語のようだった方言も、毎晩のように盃を重ねるうちに理解できるようになった。気が付くと、島根の潮風や海の匂いが体に染み込んでいた。
 「私より平田の道に詳しくて、東京の人に思えませんでした」
 と言う妻の彩さんの方が最初に恋に落ちた。彼女は、松江市の(財)島根県文化振興財団に勤務している。ここは「白い船」の製作実行委員会事務局でもあった。時々職場に「白い船」の打ち合わせにやって来る亮さんが次第に気になっていった。
 「一風変わった人で魅かれたんです」
 彩さんは、はにかんで微笑む。しかし、気持ちを伝える勇気はなかった。そのうち撮影も終盤となり、別れの日も近づいてきた。
 一向に進展しない二人。見兼ねた彼女の上司が酔った勢いで、亮さんに電話を。それがきっかけで交際が始まった。映画好きの二人は、すぐに意気投合。帰京した亮さんとは、しばらくは遠距離恋愛が続いたが、交際して9カ月後にゴールインとなった。



  右/自宅の仕事場で作業をする小野さん。
 
中央/映画好きの2人の自宅は居心地の良い2人のシアターでもある。
 
左/白い船記念公園には映画の撮影を記念したオブジェが並ぶ。
    自由に落書きができるオブジェには、錦織監督や出演した俳優陣のサインもある。

 

「島根から世界を目指したい」と語る小野夫妻。亮さんは小学校5年生のとき、映画『スターウォーズ』を観て映画づくりに目覚めた。「いたずら少年が大人になったみたいな人」とは、彩さんのつぶやき。

 

 

 

 亮さんは現在、松江市を中心にビデオ制作をはじめ、テレビCMやラジオ番組の制作、アニメの制作、番組のテーマ曲作りなど、自宅を仕事場に多彩にこなしている。
 「島根だからといって、田舎暮らしを満喫する生活はしたくない」
 日本のメディアの最先端にいた人は胸中を力強く語った。これからも先端を行きたい、それでは島根で可能な先端ビジネスとは何だろう。それは知的ビジネス、とすぐさま明快な答えが返ってきた。
 「著作権ビジネスをやってみたいですね」
 現在、日本映画はそのクオリティの高さから世界中が注目している。いい作品であれば、欧米でも中近東でも世界中で売れる。実際に映像業界などでは、地方のいい人材や作品が東京を通り越して、世界に流失しているという。
 亮さんは、島根県内で人材と作品を探し出し、世界を市場にその作品の使用権を売り込むつもりだ。
 「わざわざ東京のフィルターを通すことはありません。島根からダイレクトに世界マーケットを狙いたいですね」
 今後、地方のメディア業界に旋風が巻き起こるかもしれない。
 大きな夢に淡々と挑戦する最愛の人を、穏やかな雰囲気の彩さんが見守っている。その二人の横には、愛犬と子犬が3匹。愛犬「ヒメ」は、昨年夏、亮さんが塩津の白い船記念館の館長を務めていた時に迷い込んで来た犬。その後に小野家に引き取られ子犬を産んだ。はな、うめ、のん。そう名付けられた子犬たちも、大地をかけまわって元気に育っている。
 島根での人生という映画を撮り始めた二人。亮さんの手にしっくりと馴染む愛用の8ミリビデオに何が映し出されるか。珠玉の人生という作品の上映が待ち遠しいばかりである。


錦織 良成

■メッセージ
「定住促進…」、この言葉と、意味を初めて認識したのは映画の取材中でした。僕のように生まれ故郷から出て行った者にはその時はそれなりに重い言葉に感じましたが今は違います。ご存知の通り白い船のスタッフの小野君がしまねに居ついてしまいました。
それも助成金が出るとかのよくある話でもなくに、です。話によれば住んでる人たちや、土地の風土に惚れた…とのこと。映画の撮影を通して故郷の人たちが、地元に誇りをもって生きてる…と感じたのは僕も同じでした。今、そのことが一層僕自身を「帰りたいな」という思いに駆りたてている原因になっています。
歳を重ねてから縁側に座り小野君と平田の唐川の番茶をすするのを楽しみにしています。

 

 

島根を舞台にした映画『白い船』。多くの人が映画館に足を運び、ロングランとなった。
ある日、学校の窓から見える白い船を見つけた少年。「あの船に乗りたい」その思いが周りの人々の心を動かしていく。島根の美しい映像で綴られた物語は子供の頃誰もが持っていた純粋な思いを呼び起こし、人々の心の温もりが映像を通して伝わってくる。